| 02/29 | |
こうちゃんの写真 |
| 02/29 | |
私の出産2「助産院での入院生活」 |
「ただいま!」と、助産院に戻りました。
陣痛で助産院に入院してから、病院へ救急車で運ばれるまでの、およそ16時間、腰をさすり、私を支え、はげまし続けてくれた、温かい空間に、なんとか出産を終えて戻ってこれたのです。
・陣痛
病院では、陣痛の波がきて、痛いと叫んでも、そこに助産婦さんなのか医師なのかわからないが、人がいても、基本、無視です。
助産院では、ずっと腰をさすり続けてくれていたので、あまりにも冷たく感じてしまいました、あぁ誰も助けてくれないって。
ま、でも、どう考えても、陣痛の妊婦さん全員にあんな手厚くしてるわけにはいかないよね、病院はたくさん妊婦さんがいるのだから。
病院の陣痛室は私は体験しませんでしたが…せめて陣痛の間、助産院にいれてよかったなと思っています。
・食事
病院では、三食食べましたが、やっぱり病院でだされる食事なんですね。
内容が同じでも、食器、出されるタイミング、温度など、助産院では全て、家庭のような感じ。
どちらも栄養バランス、カロリーなどは計算されているんだと思いますが、ステキな食器や適切な温度で、って違いだけで、こんなにも食べるほうにとって違うんだなぁと、心に残りました。
助産院にいる間は本当に毎回美味しい家庭料理をいただくことができました。
・助産師さんたち
病院の助産師さんたちは、みんな、若くてかわいい人たちばかりでした。なんでみんなこんなに若いんだろう?ってくらい。
それに比べると助産院のスタッフの助産師さんたちは、みんな「お母さん」なんです。
沐浴のやり方も本とか病院で教わるのとは違う、とにかくやりやすいやり方を自分なりにあみだしている、「私はこうやっちゃうのね」って。
また、お母さんになってからも、仕事を続けるということに対する思いや考え、子供を育てていくことに対する思い、そんな相談にものってもらいました。
やっぱり人手不足なのかな〜病院は助産師学校をでて間もない感じの子たちが多かった気がするな…。
しかし、助産師さんて、いい仕事だなと、心から思いました。本当に必要とされる人達。
にしがいくんは今回私に、「助産婦になりなよ」と何度も言いました。
私は私の仕事が好きですが…しかし、私なんて、何をしてるんだろう、動かないシステム作りなんてしてる場合じゃないよ全く…と、情けない気持ちになったり。
にしがいくんも、パソコン売ってる場合じゃないよ全く…と言っていました。
ふぅ。
・マッサージ
助産院では毎日、母乳マッサージをしてくれました。
合わせて、出産で全身が凝りに凝った私のからだでしたが、全身の凝りをほぐすマッサージもしてもらいました。
今田さんのマッサージ!
これがホントに気持ち良い!
タイ式とかアロマとかいろいろやってて、出張でもマッサージをやっているとのこと。
普段は4500円/時間くらいらしいです、…フェイシャルエステなんかじゃなくてこれからは今田さんのマッサージだな…。
助産院のスタッフのかたたちは、みんな、手に職だなぁと、また関心。
・部屋
病院では、大部屋。六人部屋でした。(もちろん追加料金で個室もあります。)
夜中は誰かしらの赤ちゃんが泣いている…(私は一泊だけでしたが)。ま、自分もあんまり寝れないし、全然気にはならないんだけどね。
助産院は、個室(和室)です。
分娩もそこで、の予定でした。
私が行った助産院は、二つしか個室のない、小さなところで、分娩が重なることもほとんどないかんじ。
また、面会も、病院だと時間に制約があり、なかなか会社に行っているパパは来れない感じですが、基本的に自由。いろんな人がいろんな時間に面会に来てくれました。
にしがいくんも、二泊していきました。これも、助産院ならではですね。
・岡本先生
今回お世話になった助産院は、武蔵中原にある、ウパウパハウス岡本助産院というところです。
はじめて見学に行ったときから、岡本先生は私の好きな、さばさばしていて、優しい、素敵な人ですが、今回、入院中にたくさんお話して、やっぱりこの人はすごいなと思いました。
小学校や施設にたいして性教育の講演に行ったり、助産院だけでなく、保育園もやっていたりと、幅広く活躍されているようで、大忙しな人です。
今後も長く付き合っていきたい人です。
・入院中のある一日
入院中はこんなふうに生活していました。
8:00 朝食 朝からもりもり食べてました!
10:00 体温/血圧…他チェック、赤ちゃんの体温/黄疸…他チェック、母乳マッサージ
11:30 沐浴
12:00 昼食
14:00 お風呂
15:00 全身マッサージ
18:00 夕食
間の時間は、面会、睡眠、赤ちゃんのおむつとかおっぱいとか。
赤ちゃんはまだ新生児ちゃんなので、昼夜問わず二、三時間おきに起きます。しかし、二、三時間は寝っぱなしです。
そんなわけで、出産の翌日から五日目までは、助産院で、ゆったり素敵な時間をすごしてきました。
二人目妊娠したら、またここへ帰ってきたいなと、心から思いました。
次こそは分娩もここで!ってね。
陣痛で助産院に入院してから、病院へ救急車で運ばれるまでの、およそ16時間、腰をさすり、私を支え、はげまし続けてくれた、温かい空間に、なんとか出産を終えて戻ってこれたのです。
・陣痛
病院では、陣痛の波がきて、痛いと叫んでも、そこに助産婦さんなのか医師なのかわからないが、人がいても、基本、無視です。
助産院では、ずっと腰をさすり続けてくれていたので、あまりにも冷たく感じてしまいました、あぁ誰も助けてくれないって。
ま、でも、どう考えても、陣痛の妊婦さん全員にあんな手厚くしてるわけにはいかないよね、病院はたくさん妊婦さんがいるのだから。
病院の陣痛室は私は体験しませんでしたが…せめて陣痛の間、助産院にいれてよかったなと思っています。
・食事
病院では、三食食べましたが、やっぱり病院でだされる食事なんですね。
内容が同じでも、食器、出されるタイミング、温度など、助産院では全て、家庭のような感じ。
どちらも栄養バランス、カロリーなどは計算されているんだと思いますが、ステキな食器や適切な温度で、って違いだけで、こんなにも食べるほうにとって違うんだなぁと、心に残りました。
助産院にいる間は本当に毎回美味しい家庭料理をいただくことができました。
・助産師さんたち
病院の助産師さんたちは、みんな、若くてかわいい人たちばかりでした。なんでみんなこんなに若いんだろう?ってくらい。
それに比べると助産院のスタッフの助産師さんたちは、みんな「お母さん」なんです。
沐浴のやり方も本とか病院で教わるのとは違う、とにかくやりやすいやり方を自分なりにあみだしている、「私はこうやっちゃうのね」って。
また、お母さんになってからも、仕事を続けるということに対する思いや考え、子供を育てていくことに対する思い、そんな相談にものってもらいました。
やっぱり人手不足なのかな〜病院は助産師学校をでて間もない感じの子たちが多かった気がするな…。
しかし、助産師さんて、いい仕事だなと、心から思いました。本当に必要とされる人達。
にしがいくんは今回私に、「助産婦になりなよ」と何度も言いました。
私は私の仕事が好きですが…しかし、私なんて、何をしてるんだろう、動かないシステム作りなんてしてる場合じゃないよ全く…と、情けない気持ちになったり。
にしがいくんも、パソコン売ってる場合じゃないよ全く…と言っていました。
ふぅ。
・マッサージ
助産院では毎日、母乳マッサージをしてくれました。
合わせて、出産で全身が凝りに凝った私のからだでしたが、全身の凝りをほぐすマッサージもしてもらいました。
今田さんのマッサージ!
これがホントに気持ち良い!
タイ式とかアロマとかいろいろやってて、出張でもマッサージをやっているとのこと。
普段は4500円/時間くらいらしいです、…フェイシャルエステなんかじゃなくてこれからは今田さんのマッサージだな…。
助産院のスタッフのかたたちは、みんな、手に職だなぁと、また関心。
・部屋
病院では、大部屋。六人部屋でした。(もちろん追加料金で個室もあります。)
夜中は誰かしらの赤ちゃんが泣いている…(私は一泊だけでしたが)。ま、自分もあんまり寝れないし、全然気にはならないんだけどね。
助産院は、個室(和室)です。
分娩もそこで、の予定でした。
私が行った助産院は、二つしか個室のない、小さなところで、分娩が重なることもほとんどないかんじ。
また、面会も、病院だと時間に制約があり、なかなか会社に行っているパパは来れない感じですが、基本的に自由。いろんな人がいろんな時間に面会に来てくれました。
にしがいくんも、二泊していきました。これも、助産院ならではですね。
・岡本先生
今回お世話になった助産院は、武蔵中原にある、ウパウパハウス岡本助産院というところです。
はじめて見学に行ったときから、岡本先生は私の好きな、さばさばしていて、優しい、素敵な人ですが、今回、入院中にたくさんお話して、やっぱりこの人はすごいなと思いました。
小学校や施設にたいして性教育の講演に行ったり、助産院だけでなく、保育園もやっていたりと、幅広く活躍されているようで、大忙しな人です。
今後も長く付き合っていきたい人です。
・入院中のある一日
入院中はこんなふうに生活していました。
8:00 朝食 朝からもりもり食べてました!
10:00 体温/血圧…他チェック、赤ちゃんの体温/黄疸…他チェック、母乳マッサージ
11:30 沐浴
12:00 昼食
14:00 お風呂
15:00 全身マッサージ
18:00 夕食
間の時間は、面会、睡眠、赤ちゃんのおむつとかおっぱいとか。
赤ちゃんはまだ新生児ちゃんなので、昼夜問わず二、三時間おきに起きます。しかし、二、三時間は寝っぱなしです。
そんなわけで、出産の翌日から五日目までは、助産院で、ゆったり素敵な時間をすごしてきました。
二人目妊娠したら、またここへ帰ってきたいなと、心から思いました。
次こそは分娩もここで!ってね。
| 02/25 | |
私の出産1「陣痛〜出産」 |
2月19日 16時23分 2792グラムの男の子を出産しました。
お名前は「航介」に決定しました☆
17日(日)の夜から、実家で陣痛ぎみ、深夜から間隔を測り始め、18日(月)の夕方(15時くらい)に産院に行ったのですが、その時点でまだ子宮口は1センチ、陣痛もまだ弱いと言われ、いったん帰宅。
その後夜になって(19時くらい)、陣痛がつらくなり、また、間隔もせばまったと思われ、再度産院へ。その時点で子宮口は2センチ、しかも陣痛もまだまだ、と言われ、しかし入院させてもらえることに。
この時点でにしがいくんも来てくれて、腰をさすり、まぁ悲惨なというか大変な状態で一緒に戦っていました。
そこから陣痛との戦い・・。
しかし、陣痛→深呼吸、子宮口を開かせるための動き・・を繰り返し、12時間以上経過しても、途中で3〜5分間隔まではいったものの、なかなかいい陣痛が来なく(子宮口を10センチに、陣痛を1分〜2分間隔まで狭めないと)、19日(火)のお昼時点で、このままだと体力的にも厳しくなるので、病院へ行って促進剤を使って産んだほうがいいと判断されました。
というのも、今回私は、助産院での自然分娩を望み、そこは、病院ではなかったのです。(助産院では医療的な処置は何もできないので。)
なんとか子宮口が8−9センチまではいったものの、陣痛の間隔がせばまり、微弱陣痛の状態、また、子宮の下ではなく、上のほう(か横のほう?)で破水していて、羊水も少しずつ流れ出ている状態。
お昼に提携病院である某大学病院への搬送が可能かを確認し、可能であったため、救急車に乗り、病院へ搬送される。
即分娩室へ。
しかしすぐに促進剤をうつことはできない状態だった。
羊水が減り始めていたために、陣痛がきたときに赤ちゃんの心音が極度に下がり、危険な状態になっていた、なのでまずは子宮の入り口を完全に破水させ、生理食塩水で子宮を満たし、それから促進剤を投入。
促進剤は始めは弱かったが、少し強めてもらったら、間隔も痛みもさらに強烈に。痛くて分娩台から飛び降りそうになりました。
いきみはじめてから、出産するまでの時間は、日曜夜からの陣痛の長さ(陣痛の間中、日曜の夜から、ほとんど何も食べず、寝ずの修行のような状態だったので・・。)と比べれば、たいしたことはなかった。多分1−2時間?
しかし、いきむのも、うまくいきめなくて、かなりつらかった。。。
結果的に、私が助産院で産みたくて、大きな病院で産みたくないさまざまな要因の、ほとんどすべてを体験。
促進剤を使い、会陰切開もし、縫い、お腹も押され、大学生に許可なしで真下から見学され・・・という、貴重な体験をさせてもらいました。
しかし生まれた直後、へその緒を切った後ではあるけれどカンガルーさせてもらったし、初日から母子同室、ってのはよかったな。
でもそこで入院ではなく、助産院に戻りたかったので、母子の安全を確認してもらい、翌日からは助産院にもどり、5日目までの入院をしてきました。
→私の出産2「助産院での入院生活」は後ほど。
お名前は「航介」に決定しました☆
17日(日)の夜から、実家で陣痛ぎみ、深夜から間隔を測り始め、18日(月)の夕方(15時くらい)に産院に行ったのですが、その時点でまだ子宮口は1センチ、陣痛もまだ弱いと言われ、いったん帰宅。
その後夜になって(19時くらい)、陣痛がつらくなり、また、間隔もせばまったと思われ、再度産院へ。その時点で子宮口は2センチ、しかも陣痛もまだまだ、と言われ、しかし入院させてもらえることに。
この時点でにしがいくんも来てくれて、腰をさすり、まぁ悲惨なというか大変な状態で一緒に戦っていました。
そこから陣痛との戦い・・。
しかし、陣痛→深呼吸、子宮口を開かせるための動き・・を繰り返し、12時間以上経過しても、途中で3〜5分間隔まではいったものの、なかなかいい陣痛が来なく(子宮口を10センチに、陣痛を1分〜2分間隔まで狭めないと)、19日(火)のお昼時点で、このままだと体力的にも厳しくなるので、病院へ行って促進剤を使って産んだほうがいいと判断されました。
というのも、今回私は、助産院での自然分娩を望み、そこは、病院ではなかったのです。(助産院では医療的な処置は何もできないので。)
なんとか子宮口が8−9センチまではいったものの、陣痛の間隔がせばまり、微弱陣痛の状態、また、子宮の下ではなく、上のほう(か横のほう?)で破水していて、羊水も少しずつ流れ出ている状態。
お昼に提携病院である某大学病院への搬送が可能かを確認し、可能であったため、救急車に乗り、病院へ搬送される。
即分娩室へ。
しかしすぐに促進剤をうつことはできない状態だった。
羊水が減り始めていたために、陣痛がきたときに赤ちゃんの心音が極度に下がり、危険な状態になっていた、なのでまずは子宮の入り口を完全に破水させ、生理食塩水で子宮を満たし、それから促進剤を投入。
促進剤は始めは弱かったが、少し強めてもらったら、間隔も痛みもさらに強烈に。痛くて分娩台から飛び降りそうになりました。
いきみはじめてから、出産するまでの時間は、日曜夜からの陣痛の長さ(陣痛の間中、日曜の夜から、ほとんど何も食べず、寝ずの修行のような状態だったので・・。)と比べれば、たいしたことはなかった。多分1−2時間?
しかし、いきむのも、うまくいきめなくて、かなりつらかった。。。
結果的に、私が助産院で産みたくて、大きな病院で産みたくないさまざまな要因の、ほとんどすべてを体験。
促進剤を使い、会陰切開もし、縫い、お腹も押され、大学生に許可なしで真下から見学され・・・という、貴重な体験をさせてもらいました。
しかし生まれた直後、へその緒を切った後ではあるけれどカンガルーさせてもらったし、初日から母子同室、ってのはよかったな。
でもそこで入院ではなく、助産院に戻りたかったので、母子の安全を確認してもらい、翌日からは助産院にもどり、5日目までの入院をしてきました。
→私の出産2「助産院での入院生活」は後ほど。


